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万葉の泉(まんようのみず)の由来

山口県平生町尾国湾(ひらおちょうおぐにわん)は船旅の拠点として風待ち・潮待ち・補給・給水等ができるよい港でした。(尾国湾の事は万葉集に記載されています)
このような事から、上質な泉(天然水)として親しまれてきました。

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沖辺より 潮満ち来らし 可良の浦に あさりする鶴 鳴きて騒きぬ

沖辺(おきべ)より

潮満(しおみ)ち来らし

可良(から)の浦(うら)に

あさりする鶴(たす)

鳴きて騒(さわぎぬ)きぬ


口訳 

沖の方から潮が満ちてくるらしい。

可良の浦で 餌を求めている鶴が鳴いて騒いでいる。

 

 天平8年6月(762)年 遣新羅使 阿部継麻呂の一行が当時沖 可良の浦といった尾国湾に船泊まりしたことが万葉集巻第十五に記録されている。可良の浦は、千三百年の昔も長い船旅の途中における風待ち、潮待ち、補給・給水のできるよい港であったことが、今日の地形や遺跡からも推測できる。

 東北に向かえば「名に負う鳴門の渦潮、以波比島(祝島)は指呼の間、雑石海峡を出ずれば「大船のゆきま」と歌われる佐波の海(周防灘)。まさに可良は、万葉の交差点であった。

平生町尾国 加茂神社宮司 大本信雄先生作


 

このように、万葉の泉の水は、昔から上質の水としてみんなに親しまれてきました。


シーサイドホテル上関では、この天然水を地下100mより汲み上げ 調理に使用しています。